むし歯の治療って、むし歯の穴を削って詰めること?
むし歯の穴(う窩)は、むし歯(dental caries,う蝕症)によってもたらされた結果(後遺症)です。むし歯の治療で、大事なことは、むし歯の原因をなくすことです。むし歯の原因にアプローチできるのであれば、むし歯の穴をそのままにして観察することもひとつの対処方法です。
カリエスマネジメントとは…
唾液に浸された歯の表面では、ミネラルが出たり入ったりしています。むし歯は、唾液・口腔常在菌・食生活・清掃状態などさまざまな環境因子により、歯のミネラルの出入りのバランスが崩れて発症します。そのような環境因子は生活(育児・介護・心身の疾患・家庭や職場の問題などなど)によって左右されますから、う蝕の発症は、ある意味で生活を見つめ直すチャンスです。
そのため、私たちはむし歯の治療をカリエスマネジメントと呼んでいます。
●むし歯の原因
そもそも、むし歯ってどうして出来るのでしょう? 甘いものを食べるからでしょうか? 歯みがきをサボっているからでしょうか? そうではないのです。 歯の硬い表面(エナメル質)は、唾液の水辺にあり、唾液の波に浸されています。その水辺の環境には口腔常在菌がいて、その常在菌の代謝によって歯の表面のpH(水溶液中の酸性・アルカリ性)が変化するのです。pHの変化に伴って、歯の表層直下では脱灰(リンやカルシウムが溶け出すこと)と石灰化(唾液中のミネラルイオンが浸透すること)が繰り返され平衡状態を保っているのですが、長時間にわたって糖を摂取すると口腔常在菌が代謝して酸を産生しつづけ、酸性に傾きます。口腔内環境が酸性に傾くと、口腔常在菌はS. oralisやS. sanguinisの支配からmutans streptococciやlactobacilliの支配へとシフトし、細菌叢の多様性が失われます。この口腔常在菌の生態学的シフトが、口腔内環境を決定的に左右します。同時に、mutans streptococciは、水に溶けにくい多糖類(グルカン)を産生して唾液や舌・頬粘膜に邪魔されない局所にはプラークが堆積します。そのプラーク内では酸性環境が一段と亢進して、一方的に脱灰が進み、エナメル質が物理的に破壊されたときにう窩を生じます。●むし歯の治療
むし歯の治療で、もっとも重要なことは、原因を見つけて改善することです。このため、削らずに経過観察可能な病変を判定するICDASコードの利用が推奨されます。 脱灰―再石灰化の平衡(バランス)には、唾液の性状と量、口腔内のミネラルイオン(とくにF−)、飲食習慣、咀嚼習慣、舌の運動、口呼吸、清掃状態など多様な因子がかかわっています。う蝕の成り立ちを知って、この平衡を維持・回復することがカリエスマネジメントの基本です。 さらに進行して象牙質にまで脱灰が進んだう窩の感染歯質の象牙細管はlactobacilliの感染巣になっているので、暫く経過を診るにせよ、すぐに処置するにせよ、感染した歯質を削除せざるを得ません。感染歯質の削除の後、エナメル質をできるだけ保存する修復処置をしますが、その場合にも再発・重症化を防ぐカリエスマネジメントが治療の基本であることは変わりません。 この口腔常在菌の生態学的シフトは、日々の飲食や清掃習慣によって左右されるのですが、その飲食や清掃は、育児・介護・心身の疾患・家庭や職場の問題・交遊関係・学校やクラブの出来事などなど様々な生活のイベントのなかで営まれています。これが、私たちが問診を重視したCRASPというカリエスリスクアセスメントを提案する理由であり、ヘルスケア診療の柱にカリエスマネジメントを位置づける理由です。これからのカリエスマネジメントのために
「カリエスリスク・アセスメントについての見解」(2016)に基づいて、実地に活用できるように工夫を重ねたアセスメントフォームがCRASP クラスプ(Caries Risk Assessment Share with Patients)です。
問診(歯磨きについての6つの質問、飲食についての5つの質問)と口腔内の状態(口腔衛生状態、3年以内の齲窩の処置、プラークの酸産生能;CAT21による検査、根面露出と根面上プラーク、口腔乾燥、5分間唾液量)からなる簡単な評価法です。
大事なのは、そのアセスメントの根拠ですから、CRASP入力用紙(和文・English)と使用マニュアルをダウンロードしてご利用ください。
CRASP入力用紙と使用マニュアルは、どなたでも無料でご使用していただます。感想やご意見等をお寄せ下さい。
カリエスマネジメントを知るための
オススメ動画
CRASP「これからのカリエスリスク·アセスメント」(Youtube動画)
CRASP導入医院の院長へのインタビュー(Youtube動画)
カリエスマネジメントを知るための
オススメ3選
杉山精一
日本ヘルスケア歯科学会
人生100年時代のう蝕治療のコンセプトと実際』
インターアクション社
非切削う蝕治療へのパラダイムシフト』
クインテッセンス出版
会員の研究成果
- 安田直美:症例報告 男児(2歳11ヵ月)の成長過程におけるカリエスマネジメント;15年間の記録,ヘルスケア歯科誌,24:56-64,2023.
- 林美加子:総説 ICCMS e-learning 日本語版のめざすもの, ヘルスケア歯科誌,23:24-30, 2022
- 藤木省三,千草隆治: 多施設における6歳から12歳の予防的定期管理による永久歯のう蝕発症予防効果,ヘルスケア歯科誌,22:52-57,2021.
- 藤原夏樹: 初診患者の解析による幼児2〜3歳と4〜5歳のう蝕関連要因の差異についての調査,ヘルスケア歯科誌,20:16-22,2019.
- 日本歯科保存学会『う蝕治療ガイドライン 第 2 版』に「第 II 部 エナメル質の初期う蝕への非切削での 対応」が追加されました(本会の意見による)







